釧路シンギング・リン音響セラピー風の木「響かせるということ」

「風の木」は北海道釧路市の住宅街にある音響セラピーサロンです

どしても許さなければいけませんか? 2.26事件の被害者ご遺族 渡辺和子さんに思う

6月ご予約の施術はレインドロップが増え、シンギング・リンとほぼ半々という感じになってきました

kazenoki.hatenablog.com
 レインドロップは無意識に抱え込んでいるエネルギーブロックの解放にも優れています。機会がありましたらぜひ体験してみてくださいね

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ご予約等、各種お申込みは
風の木公式サイトお問合せフォームから 

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ある人からひどい仕打ちを受けた過去のあるお客様が(Aさんとします)

「もう許せていると思っていたのに思い出すとやっぱり許せなくて、そんな自分が嫌になって落ち込むんです」との気持ちを吐露されていました

それ、どうしても今許さないとならないのかな?とお聞きすると

「許すことは自分の幸せのためにも大切であり、人間性や魂までも向上させる」と自己啓発本などにも書いてあるとのこと

確かにそうかもしれません

許すと言う行為は大切だと思います。 許せるのであれば…

ただ人は神や聖人になれるわけではありません

自分を死にたくなるほどのつらい目に合わせた人をそうそう簡単に許すことができるでしょうか?

Aさんはそのことで強いトラウマを抱えてしましました

許す・許せない・許さなければと捉われ、今も苦しみ続けています

もうそれだけで十分だと思いますよ
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昭和11年2月26日から2月29日にかけ、皇道派の影響を受けた陸軍青年将校らが1,438名の下士官兵を率いて首相官邸などを襲撃、映画や数多くの本にもなったクーデター未遂事件 2・26事件

内閣総理大臣秘書官・松尾伝蔵 、大蔵大臣・高橋是清内大臣斎藤実教育総監渡辺錠太郎等が銃殺され9名の死者を出しました

その渡辺錠太郎氏の末っ子、当時9歳だった渡辺和子さんは座卓の後ろに隠れ、父が43発もの銃弾を受け銃殺される一部始終を目撃していました

後に「血の海の中で父は死にました。凄惨な死でございました」と語られています

その後、キリスト教系の女子校に入学し1945年18歳で洗礼を受け、ボストンカレッジ大学院で教育学博士号を取得したのち、36歳という異例の若さでノートルダム清心女子大学の学長に就任。1990年にはノートルダム清心女子大学名誉学長、及びノートルダム清心学園の理事長に就任

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※画像はお借りしました

2016年12月  89歳でご逝去されるまで生涯を神と信仰に捧げて生きた方です

著書『置かれた場所で咲きなさい』は300万部越えのベストセラーとなりました

 

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和子さんが修道院に入り20年ぐらいたったころ

関西のあるテレビ局から、22・6事件にちなんだ番組に出てほしいと依頼され出向いたところ、和子さんには何の断りもなく、テレビ局が勝手に反乱軍側の人間も呼んでいて同席、気まずい空気の中、出されたコーヒーを口元までもっていくけれどどうしても飲めない

和子さんは

今まで「お父様を殺した人たちを恨んでいますか」と聞かれて、本当にきれいな言葉で「いいえ、あの方たちにはあの方たちの信念がおありになったんでしょう。命令でお動きになった方たちをお恨みしておりません。憎んでおりません」と言いながら、そういう方を前にしてコーヒー1杯も飲めなかった自分。同時に私の中には父の血が流れているんだと感じました。私がどれほど頭でお赦ししていると言っても私の血が騒ぐのです

 とおっしゃっていたそうです

長くなりましたが

神と信仰に全てを捧げてきた渡辺和子さんのような方でさえも深い傷は癒されることなく、許すと言うことはそう簡単ではなかったのです

講演などでは加害者遺族と和解する
「赦し」への葛藤も語っていたそうです

【1986年7月 青年将校らが処せられてからの50年目の法要に参列された後、「これで私たちの2・26が終わりました」と加害者遺族の方たちと和解されてます】


今はまだ許せないのであれば無理やり許そうとしなくてもいいのではないですか

相手を許そう、許そう、とエネルギーを消耗させてゆくのではなく

「今はまだどうしても許せない」そんな自分を許してあげてください

必ず変化は起きます

自分の中で終わる日がやってきます

今まで苦しんできた分 もうあなたは救われていると、私は思うのですが…